完璧にやろうとするから、動けなくなる。

「明日から本気でやる」と言いながら、もう3週間、何も始まっていない——。

私がこれまで関わってきた生徒たちの中に、そういう子が何人もいました。サボっているわけじゃない。むしろ、真面目すぎるくらい真面目な子が多い。でも、動けない。そして動けない自分を、「やっぱり自分はダメだ」と責めています。

私はこれを、意志の問題だとはまったく見ていません。設計の問題だと思っています。


「全部やる」と決めたとき、すでに詰んでいます

完璧主義の子は、始める前にすでに疲れています。

「やるなら、毎日10時から夜まで集中してやらないとダメだ」「一度始めたら途中でやめるのは負けだ」「完璧にできないなら、やらない方がマシ」——。こういう思考のパターンが、最初の一歩を止めています。

かつて私は塾生に向けてこんな話をしたことがあります。「毎日10時から20時まで自習室で勉強する!」というチャレンジを設定した子がいたとして、そのチャレンジが達成されたときのリターンは莫大です。生活リズムが整い、勉強時間が増え、精神的にも充実する。一方、1回あたりのコストは「ちゃんと朝に起きて、塾に行って、20時まで粘ること」——決してゼロではないけれど、リターンに比べれば小さい。

ところが、完璧主義の子はここで詰まります。「1回でも達成できなかったら、もうおしまいだ」と感じてしまうからです。


チャレンジは宝くじに似ています

私はずっと、チャレンジと宝くじはよく似ていると思っています。

1枚100円の宝くじを買って外れた人が「俺はもう終わりだ、何をやってもダメだ」とはならないですよね。もしそんな人がいたら、心配になるレベルだと思います。なぜかというと、得られるリターンに対してかけたコストが低すぎるので、本当に当てたいならアドバイスとしては「もっと買えば?」以外にないからです。

チャレンジがうまくいかなかったときも、同じことではないでしょうか。宝くじに外れた人のことを思い出してください。普通に、もっとチャレンジすればいいだけです。

ただ、チャレンジが宝くじより優れている点が2つあります。お金がかからないこと、そして意志の力で当選確率を上げられること。だから、何回でもチャレンジできます。1回の失敗は、ただの「外れ」です。


失敗を「織り込む」と、動き出せます

私が尊敬する受験のプロから聞いた話があります(詳細は省きますが)。「本番に強い人というのは、失敗を最初から考慮に入れてトータルで考えられる人だ」という話です。

逆に本番に弱い人は、神経質な完璧主義者である傾向があります。1問ミスした瞬間にペースを崩し、残り全体が壊滅する。入試だけの話ではなく、これは日常の「動き出し」にも完全に当てはまると思います。

1日休んだから全部ダメ——ではありません。週に1回しかできなかった週があっても、翌週に3回できれば、それで十分進んでいます。「失敗を織り込む」とは、失敗を許す甘さではなく、トータルで見れば確実に前へ進んでいるという設計の話です。

私自身、福岡に住んでいたとき「週3回、朝に大濠公園をランニングする」というチャレンジを続けていました。ハードルが高くてなかなかうまくいかない。でも最近、初めて3回走れた週がありました。先週はまったく走れなかった。でも、別に何とも思っていません。何度もチャレンジすればいいだけですので。

これは「頑張らなくていい」という話ではありません。方向は同じです。ただ、1回の失敗に全部を賭けない、という設計の話です。


「0か100か」をほどく、たった一つの問い

完璧主義をほどくのに、特別な訓練は必要ありません。ただ、問いを変えるだけです。

「完璧にできるか?」ではなく、「今日、これひとつだけできるか?」。

塾業界に20年おりまして、延べ数千人の受験生を見てきましたが、「全部できる状態になってから始めよう」と待ち続けて、ついに始められなかった子を何人も見ています。完璧な状態は、待っていてもやってきません。0.1だけ動いた日の積み重ねが、あとから振り返ると「始まり」になっていた、というのが現実ではないでしょうか。

「やれない自分」が問題なのではないと思っています。「完璧にやらなければ」という設計が、動き出しを止めているのです。

いい習慣を続けるのは難しいかもしれません。でも、悪い習慣もずっとは続かないものです。なぜなら、悪い状態のときにこそ、人はまたチャレンジをするから。

今日、ひとつだけ決めて、それをやる。それで十分、前に進んでいます。

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